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篠原有司男の絵の見方について 上記のタイトルで是非書けとのパブリッシャーからの強い要望がありいたしかたなく書く羽目になりました。 私は美術評論家でもなくむしろ絵描きだと自分では思っていまして、ただNYに住むきっかけになったのが篠原さんと出会ったのを抜きにしては語れない事情があります。 NYにたどり着いたその日からシノハラロフトの居候になり、速いものでもう30年がたちました。 能書きはそれ位にして、実はこれを出会いと言って良いのかどうか解りませんが私が確か中学生の何年か忘れましたがフジTVで篠原さんを観たのが最初でした。 そのころ篠原さん (これからは牛ちゃんと呼ばせていただきます) はロカビリー (なつかしい言葉) 画家と紹介されたとおぼろげながら覚えていますが、世の中には変わった人がいるものだなーと感じました。 なにしろモヒカン刈りで、キャンバスをTVスタジオの床に敷いて、その髪の毛でのた打ち回るとしか私には思えなかった、で描いたものが、ギューチャンは 「これが私の絵です」 と高らかに宣言しました。 私はただ 「へーっ」と思っただけでした。 その後、私も絵描きのはしくれとして色々勉強?もさせていただき、少なくともギューチャンにかんしては他人よりも知っていると自負できるようになりました。 が多くの絵に興味がある方々も、私が最初にギューチャンの絵を観た時と同じように 「これは一体何なんだ」 と思われると思いまたそれが普通だと思います。 そこで若い人達には理解し難いかと思いますが、第2次世界大戦に負けた国すなわち日本国の当時(ギューチャンの青春時代)の事情をおさらいしなければなりません。私にも記憶に鮮明にあるのですが、TVは私が小学校に行くまで、なかったのです。 ましてギューチャンの青春時代も後半になるまで、当然TVなどあるはずがありません。 その、多分当人もTVの事などほとんど解らない状態でTV出演になったのですから、興奮状態もこれ以上はなかったとの想像もかたくありません。 社会的情況がそのような時に 「現代美術とは何ぞや」 との雄叫びをアピールするにはセンセーショナルにならざるを得ないわけです。 ここにギューチャンの絵の二律背反があると考えられます。 何とか日本にも 「現代美術が存在するのだ」と訴ったえるには “ネオダダ” 運動を組織し、わざと気違いと思わせるかの非常手段にでるしか突破口がなかったのです。 その為に“思考するマルセル・デュシュヤン”、“コカコーラプラン”とか (よく当時そんな資料があったものだと感心するのだが) を制作し、“イミテーションアート”との造語を作り出したのである。 イミテーション アート
その後、「日本のオリジナルな、しかも世界に通じるアートとは何なのであろう」と考えた末に結論として浮世絵をテーマにした “花魁” シリーズになったであろうと想像するにかたくはない。 その目論見が見事ロックフェラー奨学基金 (現ロックフェラー3世は日本通でしられている)の目にとまり、奨学生としてNYに1年住み、制作を生まれて始めて生活苦から逃れてできるようになった。 NYに来た最初の頃はがむしゃらに “花魁”シリーズを描き続けていたのだが、いわゆる60年代の ジャポニカブームが去り、アメリカ人がすべて日本びいきではないと気がついたのでしょう。
元来が前向きな性格であることからも推しはかれるように、なにしろ明るいものが好きな性分でもあり、“花魁”の反動として何が最もアメリカらしいテーマであろうかと考えたすえ“モーターサイクル”にたどりついたのです。 当時大ヒットした映画に “イージーライダー”があり、この映画からも多分に影響を受けたと考えられます。 ここからギュウチャンの二律背反が始まって来て、観る者が混乱するのであろうと考えられます。 勿論忘れてはならないのにNYのダウンタウン、それもチャイナタウンのすぐそばのロフトがスタジオであった。 このロフト生活にかんしては後に書く機会があると思うので、この項ではふれないが、キャナル・ストリートがあり、こんな通りは日本にはない。 この独特な通りに憑かれた事からギュウチャンの絵が和洋折中にどんどんなっていくのです。 この頃は “ダウンタウン”シリーズを描いており、ただ単に描いてはインパクトがないと考えた末に伝統的な日本の物語からヒントを得た、たとえば “鳥獣戯画”、“怪談” 等がごちゃまぜに描かれ地下鉄から “おばけ”が飛び出したりするのです。
話が前後左右し申し訳ないのですが、“モーターサイクル”シリーズに継いで大きな出会いがバミューダ島でありました。 約100年前に印象派の画家たちがルクセンブルグ公園、南仏、またゴーギャンがタヒチで発見したのと同様の “ひかり=あかり” をこの島で体験し、絵の原点である光と影を強烈に認識させられたのです。 以後 “バーミューダ”シリーズが始まり、現在に至ります。 今回岡本太郎美術館の “万歳七唱 岡本太郎の鬼子たち”展に出品する大作もアリゾナの砂漠を照らすかぎりなく明るい光をふんだんにとりいれて描かれた作品です。 以上ギュウチャンの作品を観る上で何かしらの手掛かりになれば、これ以上の幸せはありません。 藤尾諭秀
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