鮫とイチゴアイスクリーム

1987
150 x 200 cm
フェルトペン・インク・プラスティック・紙
ニューヨークの次郎長
第29回 コニーアイランド作戦
グリーンストリート、五百番地、次郎長一家のロフトの前に、ダークグリーンに塗った、戦車の様な格好の、ごつごつと頑丈な、でかい清掃トラックが横づけになり、運転台はからっぽ、ロフトのドアーも開けっ放しになっていた。
「誰か来たな、鶴」
「ガリレオ一家です、トラックの横っ腹に、GALILEO、と黄色で書いてあるでしょう」
三階の入口に突っ立っていた、長いナイフを腰にぶら下げた、帽子をあみだにかぶった、ジャマイカ風黒人が、石松を、じろじろ見た。 ジョー・ガリレオは弟のサムとカローネを従えくわえ葉巻で、ロフトをくまなく点検していたが、蚕柵ベッドを見ると、例の日本語で、いち、に、さん、し、と数え始めた。
「石、やつが、ここの大家だよ」
「チャイナが済んだら、今度は大家とけんかですね」
「馬鹿、やつらは本場もんのやくざだ、空脅かしは通じねえ、何があったか、まずよく聞け,鶴」
「次郎長さん、家賃が、二カ月たまってます、月の一日から五日までに払う約束、でないと,このロフトを閉鎖しますよ、外から、カギをかけ、板を打ち付けちまって、中の、人も、犬も、猫も、全部死んでも開けませんよ、今、すぐ払いなさい」
「あ、いけねえ、家賃のことなんて、てんで頭に無かった」
「私、お金持ってるわ」
たこ目が現金で二カ月分、千ドル、ボストンバッグの底から、つかみ出すと、にやっと、ジョーは笑って、たこ目を眺めていたが、ちょっと話がある、と切り出した。
「すごく良い仕事があるんだ、海岸で働かないか、金はたくさん払う、いや、半年分家賃をただにする、どうだ次郎長、いち、に、さん、し、皆な、全員でやるんだ」
英語の達者な鶴が、
「ジョー、今それどころじゃあねえ、チャイナタウンのギャンブル場で,トラブルをおこしたんだ、やつらは怒っている、今日にも、トーピードー(命知らずの若者)が突っ込んで来そうなんだ、そしたら、このビルは血の海よ」
「OK、まかしておけ」
二ヶ所に電話しただけだった。 ジョーは笑いながら戻ってきて、
「ノーモアトラブル、これで次郎長に貸しができたぞ、さあ俺の仕事を手伝うんだ」
鶴はきょとんとして、口ごもったが、ジョーは手で制し、仕事の話を三十分して、にこにこして帰って行った。 さてその仕事とは。
「今夜は石松の歓迎会、すき焼でも、たらふく喰おうじゃねえか」
たこ目は、ちびのくせに、よく動き、皆なの給仕に、まめまめしく働いていた。 肉、ねぎも買出しから、何とか、人間の口に入れるまで、料理と名のつく格好に整えなければ、いくら山賊の住処だと云っても、立ったまま、手づかみで、口にほうり込むわけにも行かず、だと云って、紙皿、紙コップ、プラスチックのホーク、ナイフじゃあ興ざめるだろう。 安物だろうと、なべ、皿が台所で、がちゃがちゃ立てる音を聞くのが、やはり日本人と云うもの、心が自然に和み、落ち着いて来るではないか。 しよう油、砂糖、味りん、米酢、カリフォルニヤ製の上米、ねぎ、しゅんぎく、缶詰だが白たき、それに、地元製生うどんまで揃え、すき焼パーティーが始まった。
「すき焼なら俺にまかせろ、親父譲りの江戸前風でやるからな、文句のあるやつは、前に出ろ」
「石さん、大丈夫、ここアメリカよ、そう突っ張らないで、気軽に気軽に」
「そう云えば、このねぎ、やけに細えな、にらみたいだ、もっと、ぶっといねぎ、ねえのかよ、まあいいや」
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