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ジャマイカ ファンタジー

Jamaica Fantasy
1983
84 x 164 cm
アクリル・キャンバス
ニューヨークの次郎長
第32回 地下鉄で大騒ぎ
苺は夢を見ていた。 生れ故郷、能登半島の東の付け根、富山湾に面した漁村。 父の号令で、朝海岸に向って飛び出した家族は、地引網を手伝い、よしず張りの海の家のおやじが作る朝飯を前にひと泳ぎ、海岸で炊いた銀しゃりに取立てのカニの入ったみそ汁の香り。
ああ、苺はここで目が覚め、辺りを見廻した。 ここはアメリカ、ニューヨーク、清水の次郎長一家のロフトだっけ。 朝日が大量に、二十何個かの高い窓からさし込み、床を金色にしている。 朝だ朝だ、ロフトの片隅に作った蚕棚式三段ベッドでは、大政、石松、鬼吉、鮫助、梅次、豚熊などが、いびきをガーガー、しんと静まり返った広いロフトによく聞こえる。 苺はまぶしそうにこの芸術家用アトリエを眺めていたが、又、床に敷いた、赤い自分の寝袋にもぐり込んでしまった。
今度は悪い夢だった。 去年の美大入試の夢で、田舎出の苺と、友人の鮭子は、頑張ろうね、と応援のうなぎと一緒に、受験票や鉛筆をしっかり抱え、こんなに朝早く起きたことがないので、目や
にだらけの赤目で、びっくりする程大勢の受験生に混り、上野の森の一隅の行列に加わっていた。
周囲の連中が恐しく見えた。 彼女たちは服装も派手だし、緊張感や深刻さがなく、つやつやした赤い頼、よく肥った体が、周囲の雰囲気とちぐはぐだったし、まだぼーっと、ぼけた頭の一隅に、昨夜の激励会の名残が熱っぽく、それより、こんな大量の同年輩芸術家志望同士たちが、日本に存在するなんて信じられず、威圧感に完全に飲まれてしまっていたからだ。 百人ぐらいの単位に振り分けられた受験生は、ぞろぞろ雪の校庭をスニーカーで踏み締めながら、暗い教室に入って行った。
最初のショックは、めいめいに与えられたデッサン用紙が、あまりに大きかったことだ。 モデルになる、大きなビーナスの石膏胸像を中心に、百人分の画枠が、十重二十重(とえはたえ)と、円陣を作って囲み、のせられたカルトンに張られたデッサン用紙には、すでに受験番号が打ってある。 五百五十一番と二番、苺と鮭子の席は、ビーナス像から一番遠い、あー、私近視なのよ、こんな大きな紙に、どうやって描くのかしら。 スケッチブックで、せいぜい二、三十枚ぐらいの経験しかない。 それも、ブルータスやドナテルのような彫(ほり)の深い顔の男性像なら得意だが、つるつるした、美人のビーナスは、一番苺にとって苦手だし、だいたい女性なのが気に食わない。
静寂が支配する教室に、サッサッと、木炭を紙にこすり付ける音が、早くも周囲から立ちはじめた。 鉛筆で描いたことしかない二人は、こんな消し炭など見たことない。
「すいません、木炭ください」
あきれた監督官が、食パン反芹ずつと、木炭数本を二人に渡した。
「この食パン、何にするのかしら」
他人を見ると、中味の柔かな部分をつかみ出し、指で丸め、消しゴム代りに木炭で描いた気に入らない絵の部分を消し取るらしい。 糞!一体どうなってるんだい。 向うを見ると、鮭子は夢中で描いていた。
午前中二時間、午後二時間で二日間、計八時間で完成させ、先生たちの審査を待つ。 持ち時間は、どんどんたって行く、周囲はいよいよ熱気を帯び、すでに目、鼻、口などはっきり描き上っている者ばかり。 苺は、肩にばかりカが入り、木炭は手の中でぼきぼき折れ、粉になって足元に散らばるばかり。 目の前は、蒸気が立ち昇り、顔がほてり、朝食抜きの胃壁が、カサカサ音を立ててるみたいだ。
苺は監督さんの許可を得、一階のトイレに向った。
「苺ちゃん、どうお、うまく行ってる」
応援をかね、付き添って来ていたうなぎが飛んで来た。
「まっ赤じゃあない顔が、熱があるみたい」
「大丈夫、お任せ、下手糞ばかりで、見ちゃあいられないよ、こんな学校、一番で入学してやるから」
「そうお、調子いいのね、すてき」
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