モーターサイクル

Motor Cycle
1978
7 x 8 x 15 cm
カードボード・アクリル・ポリエステル樹脂
ニューヨークの次郎長
第36回 地下鉄で大騒ぎ
「お侍さんたちよ、花火買ってくれよ」
と寄って来た、これ見よがしに、白い肌を周囲に見せ付けながら、上半身裸のヤング数人。 リトルイタリア街から来た、小遣い欲しさの一団。 まだ二ヶ月も先の、七月四日、アメリカ独立記念日に向け、通行人や、信号待ちの車に警察の目を盗んで、売りつけているのだ。 そのうちこの辺は、ドンパチと、花火の爆発音で、夜もおちおち出来なくなるだろう。 そのすさまじさは、日本の浴衣がけにうちわ、線香花火の風流など、みじんもなく、ただ馬鹿でかい爆発音を競うのだから、深夜の大音響に、老人が、大量に息を引き取るのではないかと、ひやひやさせられる。
鶴吉が、ガキに向って答えた。
「俺たちは、これからガレリオ一家の仕事で、コニーアイランドのお祭りを手伝いに行くとこだ、花火は、向うにも、馬に喰わせる程、用意してあるんだ」
「ジョー・ガレリオの仕事か、やつはボスだよ」
ぱっと散って行った。
「すまねえ、小銭を恵んでくれないか」
ごみ箱をあさっていたやつが、東洋人と見ると、すかさず手を出し、ねだる。
「何、このおじいちゃん、ぱりっと背広着てるくせに、あたいたちに金くれだって、じゃあないよ」
「たこ目、こんなやつにいちいち構ってたらきりがないよ」
「まるで、こじきの街ね」
本当にぺんぺん草が生えている、地下銑の階段を、皆、威勢よく降りて行った。
「汚ねえなあこりゃあ」
「わあ臭い、小便か、この水溜り」
「真暗で、何も見えねえじゃあねえか」
三つあるべき裸電球は、盗まれて一つ。 キップ売り場は、まるで刑務所の鉄柵で、要塞の如く、がっしり囲まれ、馬券買いの要領で、穴に金を差し入れると、日本の五円玉みたいな、穴のあいた、トークンと呼ぶコインをくれる。 それを回転式レバーのある改札の機械の穴に落せば、レバーは半回転だけ、一人分だけ向う側に動き、やっとホームに御入場。 めでたしめでたし。
ここでも、ギブ・ミー・マネーと長身の黒人が暗がりから声をかける。 無論無視。 だが、石松たちが、がやがや入場しているすきに、彼の長身は、身を翻(ひるがえ)し、改札横を跳び越え不法侵入、暗がりに消えた。
「へい、金払え、この野郎」
トークン売りの、獰猛な顔の黒人が、馬鹿でかい声でがなったので、たこ目は、びくついて振り返って見た。
ゴー、と耳をつんざくすごい怪音と共に、八両編成の電車、いや、めちゃめちゃに落書きされた、さびだらけの鉄の箱が、ホームに突込んで来ると、ギー、と停車した。 鉄粉と体臭と小便の混ったにおいの突風が同時に吹き抜けた。
「ひゃあー、あたし帰る、怖いわ」
と苺。 銀色の鉄の箱は、黒のスプレーで、のたうった蛇の様な英語が、ありとあらゆるところ、天井にさえも、なぐり書きされ、ますます汚なさを増し、しかも途中の三両は、停電らしく真暗、非常用の小さな裸電球が、たよりなく、数人の乗客を映し出していた。
「それには乗るな、こっちの明りの付いているやつ」
ばたばたとホームを駆け、まともな車両に一同、無事とび込んだ。 閉りかけたドアーに、遅れて来た背広の黒人が、ばっ、と長い足の靴先を突込み、
「オープン」
と車掌に向ってどなった。 車掌は何と、連結器の上に跨(また)がり、顔だけホームに突き出し、ドアーの開閉レバーを操作しているではないか。
「ターザンね、まるで、落っこちないかしら」
彼は、挟んだお客の靴を見ると、チェーっと舌打ちをし、開けてやった。
「すごい地下鉄ねえ、何も落書きしてない部分は座っている椅子だけじゃあない、これが日本でも有名な、見るのと聞くのじゃ大違い、迫力あるわ、でも何て書いてんの、こんなにたくさん」
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