バスキア展
Basquiat
3/11〜6/5、2005
ブルックリン美術館
Artist
Brooklyn Museum
Basquiat 1985
Jean-Michel Basquiat
Photo by LIZZIE HIMMEL©
本展は、バスキア(1960−1988)没後
2度目の回顧展。(1992年にホイットニー美術館で最初の回顧展が行なわれた。)今回は彼の出身地であるブルックリンでの開催。(バスキアは、幼い頃よりジュニアメンバーとしてブルックリン美術館によく通っていたというーこれはオーデオガイドの中でバスキアの父親が語っている。)
ヒップホップカルチャーに傾倒し、家を 飛び出したのは17歳。 当時よりSOHOなどのダウンタウンで壁に
ポエムをスプレーし、注目が寄せられていたというが、ニューヨークアートシーン躍進のきっかけは1981年P.S.1でのグループショー“New York/ New
Wave” への出品だった。このとき若干21歳。その翌年にはカッセルのドクメンタに登場し国際的なデビューをとげる。
早熟でしかもあまりに短命だったバスキア(27歳で麻薬多量摂取で亡くなっている)。アンディー・ウオホールとの親しい交友関係
や、80年代アートオークションで若手作家の高値更新を繰り返した華々しいエピソードはよく語られる。本展は、100点を超える作品を 年代ごとに展示し、改めて
バスキアのアートとそのテーマをとらえようとするもの。
Jean-Michel Basquiat (1960-1988)
Melting Point of Ice 1984
Acrylic,
oil paintstick, and silkscreen on canvas
86 x 68
in. (218 x 172.7)
The Broad Art Foundation
作品に再三登場するのは、ジャズミュージシャン、チャーリー・パーカーやアフリカ文化の中で魔術を司るというグリーオ(Griot)やマスクをつけたキャラクター達。彼らは
アフロアメリカンヒーローとして登場する。エネルギッシュなアフロアメリカンカルチャーを描く反面、自身の黒人ルーツを回顧し奴隷制をテーマに描いた作品もある。(彼の父親はハイチ、母親はプエルトリコ出身)
或るインタビューの際、バスキアは自分の作品は80%怒りの表現だと答えている。展覧会のカタログの著者の一人フランクリン・サーマンは、 彼の作品は
社会に向けて何か行動を起こさずにいられなかったバスキアの 強いメッセージだと語る。
Jean-Michel Basquiat
Gold Griot
1984
Oil and oil paintstick on wood
117 x 73 in. (297.2 x 185.4 cm)
The Broad Art Foundation, Santa Monica
表現主義やピカソなどのモダニズムアートの延長としてバスキアをとらえようとするのも本展の特徴 。(一方で、
彼のアートを、モダニズムへの反動とする見方もある。)バスキアをレイトモダニストと見るかポストモダニストと見るかという歴史的な位置付けはともかく、彼の 色彩感覚や
構成感覚には
時代や流行を超えた何かを感じさせる物がある。チェルシーではチェイム&リードギャラリーでバスキアの文字や言葉を中心としたドローイング展が開かれた。没後20年近くたった今、改めて
バスキアを再評価する動きがあるようだ。
(Yoko Yamazaki)
Jean-Michel Basquiat (1960-1988)
Flexible 1984
Acrylic
and oil paintstick on wood
102 x 75
in. (259 x 190.5 cm)
Estate of Jean-Michel Basquiat