メムリンクの肖像画展
Memling’s Portraits
10/12−12/31、2005
フリック・コレクション
The Frick Collection
メムリンク(Hans Memling1435−1494)は、ドイツに生まれ、ネーデルランドはフランドル地方のブルージュ(あるいはブリュッへ、現在のベルギー。ブリュッセルの北西)で活躍した画家。
当時のブルージュは、織物を中心とした貿易で潤い、国際的金融の中枢都市。また北欧ルネサンスの巨匠ヤン・ファン・エイク(1395−1441)にゆかりの地でもある。メムリンクは、ブルッセルを経て、1450年代後半にはブルージュに渡り国内外のパトロンを求め、宗教画、肖像画を中心とした制作を行なった。
Hans Memling
Portrait of a Man with a Coin of the Emperor Nero (Bernardo Bembo)
c.1473-4
Panel, 31 x 23.2 cm
Antwerp, Koninklijk Museum voor Schone Kunsten, inv.5
注目されるのは、当時ベネチアの商人も多く滞在していたブルージュでのメムリンクとイタリアとの関係。当時フランドル地方を治めていたブルゴーニュ公国のシャルル公に仕えたベネチア公使ベルナルド・ベンボもメムリンクのパトロンの一人と言われる。人文主義者でもあったベンボは、古典美術への造詣が深く、メムリンクは、彼の肖像画を描くに際し、その手に皇帝ネロのコインを持たせている。イタリアを彷彿させるような背景のヤシの木と画面下にのぞく月桂樹の葉は、ともにベンボの家紋にもつながる。1475年、ベンボのフィレンツェへのベネチア大使としての就任を記念して描かれたと言われている。宮廷画家でこそなかったが、国内外の教会、商人、貴族などから人気を博したメムリンクは、40代半ばには十分な資産を設けるほど成功した画家だった。モデルの容貌ばかりでなく、職業、嗜好そして人柄までを織り込む様なメムリンクの作風は、15世紀のイタリア絵画(ボッティチェリやレオナルド)にも影響を与えたという。
Hans Memling
Diptych of Maarten van Nieuwenhove Dated 1487 Panel, each 52 x 41.5 cm Musea Brugge, Hospitaalmuseum, OCMW Brugge, inv. OSJ178.1 |
Hans Memling
Diptych of Maarten van Nieuwenhove Dated 1487 Panel, each 52 x 41.5 cm Musea Brugge, Hospitaalmuseum, OCMW Brugge, inv. OSJ178.1 |
また、本展ではメムリンクの作品からブルージュという都市の興亡も読み取れるとし、モデルの写実的な表現にとどまらない肖像絵画と言うジャンルの検証も促す。メムリンクの晩年は衰退の一途をたどったブルージュの政治的歴史的な混乱と重なっていく。1477年、フランドル領主シャルル公が戦死。その一人娘は後にローマ王(後の神聖ローマ皇帝)にも選出されるハプスブルグ家のオーストリア大公マクシミリアンと結婚するが、1982年に事故がもとで逝去。フランドル地方はマクシミリアンの統制下となる。自治の自由を失ったブルージュ市民は、1988年に反乱を起こす。ちょうどその前年、メムリンクは若干23歳のマーティン・ファン・ニーベンホーベより依頼を受け、二枚折りの礼拝用の肖像作品を完成している。依頼者の兄はハプスブルグ家擁護派の市議でもあり、反乱を起こした市民に処刑されることになる。メムリンクが描いたニーベンホーベは、ブルージュの混乱を避けるかのように静かに聖母子に祈りを捧げ、見る者にも黙想を促すかのよう。額縁はオリジナルのまま残っており、当時の肖像画兼宗教絵画の機能を今日に伝えるようで北欧ルネサンスの傑作の一つと呼ばれる。
その後のブルージュだが、結局マクシミリアンにより貿易都市の特権をアントワープに移され、ペストの流行もあり“死都”の運命をたどる。けれどもメムリンクは最後までブルージュの市民として過ごし、ファン・エイクと同じ教会の墓地に葬られたという。
Hans Memling
Portrait of an Elderly Couple (Man) c. 1470-75 Panel, 36.1 x 24.9 cm Berlin, Staatliche Museen zu Berlin, Preussischer Kulturbesitz, Gemäldegalerie, inv. 529c |
Hans Memling
Portrait of an Elderly Couple (Woman) c. 1470-75 Panel, 35.4 x 29.3 cm Paris, Musée du Louvre, inv. RF 1723
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本展は、ヨーロッパの美術館を循環したもので、アメリカではフリックが唯一の展覧会場となる。展示数は20点と一見小さな展覧会だが、それらは現存するメムリンクの肖像画の約三分の二にあたる。しかも作品はルーブルをはじめとするヨーロッパの美術館から貸し出された代表作と呼べるものばかり。パリとベルリンに別々に所蔵されていた或る年配の男女の肖像画など、もともと合わせ釘でつなぎ止められていた一対の夫婦の肖像画だったという。今回、オリジナルに近づけるように並べて展示されている。ルネサンス時代、一人のアーティストが肖像画というジャンルを通して駆使した独自の創造力を回顧する本展、ルネサンス絵画の愛好家からはもちろん専門家からも注目される展覧会であるようだ。(Yoko
Yamazaki)