モーターサイクル・ママ
Motorcycle Mama
1977
8 X 25 X 12 cm
カートボード・アクリル・ポリエステル樹脂
ニューヨークの次郎長
第42回 夏草や悪がき達の夢のあと
「この辺りはねえ、昼は死んだようだけど、夜の海岸通りは、コールガールが、ずらっと立ち並ぶんだよ、車のお客が、どんどん引っ掛るんだ、開いてる店は、二、三軒の喫茶店だけの真暗やみの中で、大きな取引きがあるのさ、よい稼ぎ場なんだよ、茶店は、この種の女性だけの、つばさを休める場所、情報交換場所だよ、さつの手入れとか、ひも、お客とのトラブルとかさ、あら、鮫助の眼の色が変って来た、あんた車も持ってないくせに、歩いてここまで来るのかい、海岸は寒いし、あまりそんなの様にならないわよだ」
「へえだ、薄汚ない話ね、牡丹はよく知ってんのね、何でも」
「何云ってんだい苺、そういう人間の生きざまだってあるんだよ、あんたみたいに、日本からの仕送りで、朝から芸術芸術で浮かれてる娘には、程遠い話さ」
「ふんだ、あんた私に、説教する資格なんてないよ」
「私が、ストリップ踊ってたからって、どこが悪いのよ、今にモダンバレーの舞台にデビューしようと準備中なんだよ、本当は、ここコニーアイランドのトップレスでも踊ったのよ、やはりひもがいなけりゃあうまく行かないし、色色の皮膚の色をしたやつらが、私のひも志願に現れたけれど、全部けってやったら、すぐこの縄張りじゃあ踊れなくなってさ、キャナル通りに居たとこで、次郎長一家の皆さんにお目に掛ったてなわけさ」
「あんたみたいなのを英語で、ストーリーテラーって云うのよ、一緒になって、夜中に通りに立ってたんじゃあないの、本当のこと話したら」
「くそ、このガキ、締め殺してやる」
普段でも吊り上った切れ長の目が、縦になったかと見え、蒼白な顔の牡丹は、頭の南側から長く柳のように垂れ下げた長髪をなびかせ、白地に紫の縁取りのある着物を翻して苺につかみ掛った。
一方、金髪、角刈り、ネクタイ姿、色白でむちむちした、ショートパンツの苺は、全身を紅潮させ、お互いに怪鳥のような声をあげ、引っかき合い、むしり合った。 興奮し切っているお互いの指が、絡み合い、髪や下着に、鳥もちでくっつけたように離れなくなり、四本の腕を交錯したまま、かん高い悲鳴をあげ、通りを土煙を上げ暴れ廻る二匹の化け猫を、茫然と眺めているだけの男共。
「ヘイ、ヘイ、ヘイ、ヘイ」
向いのピンボールゲーム屋の大男が二人、大声をあげて駆け出して来た。
「ストップ・イット、ストップ」
もみ合う二人を後ろ抱きにし、強引に引きはがしたが、指がお互いの衣裳の端を引き千切って握りしめているではないか。
「うわあー怖い」
空中高く抱き上げられた二人は、それでも牡丹は気を取り直し、くるりと身をよじり、男の首たまにしがみつきながら、ずるずる、やっと地上に足を届かせ、しばらくそのまま、はっはっ荒い息使いさせていたが、サンキューと顔にキスをするまでに落着いたが、一方苺は、男の大きな手で、胸と太ももをつかまれているのを意識し、
「この助平、離してよ、変態」
と空中でばたばた暴れ、小さなこぶしで殴り出した.。
「オーケー、オーケー、アーユーオーライ?」
と女を離し、ノオーモアファイト、オーケーを繰返しながら、Tジャツのしわを伸し店に戻って行った。
「お化け屋敷の予行演習ですなあ、すごいや」
梅次と大政が二人の着物を直していた。 切れた鼻緒をすげかえてやってる大政の背中に牡丹はひじをつき、たこ目の視線を無視してもたれかかっていた。
「ホテルはニ軒、フランミンゴ、サンセットホテルが昔あったらしいけれど、ほら、向うに見えるでしょう、五階建ての、アールデコー風のやつ」
「窓ガラスも何も無えじゃあねえか、空家だよ、あれは」
「昔はさぞ楽しかったでしょうねえ、海に向って突き出したテラス、飾りのレリーフやギリシャ男の胸像が、ガス灯に照され、シャンパングラスを手にした、ちょびひげの紳士、落下傘スカートの貴婦人が、夕日の海を眺めながら恋を語ったんでしょう」
「そうがっかりばかりしてても仕方がねえ。 さっきの鶴吉さんじゃあねえけど、何もかも、いちから始めるのがこのアメリカよ、第一日本とは習慣が全然違うんだから」
「でもどこに寝るのよ、あたいたち」
「よし出直しだ、あら方解った、こんなぼろ小屋に小細工しても効果はねえ、のみや、かんなの代りに、でかい、まさかりや、チェンソー持ち込んでやっつけよう、男は地下足袋、ねじり鉢巻、女はもんぺと赤だすきで、景気よくおっ始めようぜ」