エンジョイ・アイランド
Enjoy Island
1981
36 x 60 cm
アクリル・キャンバス
ニューヨークの次郎長
第46回
増川の仙右衛門
これぞ、決定的瞬間とばかり、かばんをほっぽり出すと、仙さんは、パチパチ、馬のけつを狙って撮りまくった。
わっと五、六人が駆け寄り、やいやい、はやし立てる中で、仙さんは、アクションカメラよろしく、ひざを地に着けたり、跳びはねて、大変な奮闘振り。
「結構やるじゃあない、彼」
「役者だね、あいつ、それより、かばん盗まれないように見張ってよ、着いたばっかりじゃあ、怖いもん知らずってやつだな」
「うふふ、いい写真が撮れた、絵になるねえ、コニーアイランドってとこは、黒人もプエルトリカンも、皆な、生き生きしてるよ、カラフルでよ、腹がふくらんだら、跳びはね、思い切って遊べばいいんだ、下手に教養なんて付けようなんて思うから、いじけて病気になっちゃうんだ、よし、帰国したら、アメリカ土産、増川仙右衝門、写真大個展を開くぞ、フジサロンか、キャノンフォトか、ニコンハウスだ、大会場じゃあなければ、並べ切れねえぞ、こりゃあ」
「ねえ、あの一番高いジェットコースターに乗ってみない、上から見た景色すてきよ、いい写真撮れるかもよ」
「よし、一生の思い出に、乗りますか」
あまりの乗物の種類の多さに、子供たちは、入場券を握りしめ、どれを選ぶか、血眼になっている。メリーゴーランドは幼児向け、イモ虫や、鮫の形の空中飛行、豆自動車を、やたら前後に動かし、衝突させて楽しむやつから、白煙を吐いて競争するゴーカート。
お子様相手の地区を通り抜け、出た! 中でもすごいジェットコースターの一番でかいやつ、名はスーパーサイクロンとある。
一人一ドルの入場券を買い、鉄の階段を三階あたりの、乗車用プラットホームに到達した。
五両連結の細長いトロッコが、客を満載し、ゴトゴト、最終コースを終って帰って来た。
ふあー、とため息とも喚声ともわからぬ声を出し、人人は、ふらふら出口に向って降りて行ってしまった。
はい次の方、と若者が、手際よく、順順に次の客を乗せ、胸の前に、太い手すりをはめ、外れないようにロックして行く。
「だんな、かばんはひざの下に、しっかり挟み込んで、カメラは預かりますよ」
「大丈夫、上から写真撮るんだ」
「もっとも、あんな下品なやつに渡したが最後、金輪際、戻って来っこありませんよ」
と梅次。 仙さんと苺は前席に並び、あとの二人は後、一台に四人分の席がある。 発車オーライ。
五台連結のトロッコが、ゆっくり、しかし、ガタゴトしながら、鉄棒を組合せた、狭く、頼りないレールを、一番頂上まで登って行った。
「わあ、すごい見晴し、海岸にあんなに沢山人がいる、色色な物が見えるわねえ、ずーっと遠くまで、奇麗だわ」
前後のトロッコでも、わあっと展望のすばらしさに楽しそうに喚声をあげている。 やっと頂上の、この遊園地で、一番高い箇所に登りつめた。 仙さんはのぞいて、シャッターを切った。
「ちぇ、望遠レンズ付けときゃあよかったな」
ひと休みしたように頂上で止まりかかったトロッコ列車は、今度は眼前に広がる、何も無い空間に向って、墜落して行った。
内臓は、一時的無重力状態のため、体内をさまよい出したかと思った。 突風が、もろに頭にたたき付け、目、鼻、口を、押しひしゃげた。 落下している体を、何も支えてくれていない。 高所から投げ出された状態だ。
隣の苺の、すごい悲鳴が耳をつんざく。 仙さんの口も大きく開いているが、声が出ていない。 後ろの梅も豚も、他の皆なも、何か叫んでいるらしいが、見で耳たぶが激しくはためいているのが分るだけだ。
と、落下して来る物体を、うまくすくって、トロッコは上り坂に入った。 絶え難い気持ちの悪さが、胸、胃、腹、手足、全身で煮えくり返り、あふれ出しているみたいだ。 上昇しながら、前方の、大西洋のど真ん中に向って、この高さから、今まさに飛び込んだかと思った瞬間、大きく右折した。 仙右薇門の体が左隣の細い苺に、いやと云う程、たたき付けられた。
トロッコの鉄壁と、重いかばんごとぶつかって来た仙の体に挟まれた苺は、ぎゃあー、と叫んだが、それより首からぶら下げていた鉄のカメラが、ぶーんと左に飛び、回転して、今度は、まともに仙右額門の顔面に、弧を描いて飛び返って来たからたまらない。 仙も何か叫んだが、恐怖で、手は胸の前の太い丸太ん棒をしっかり握り締め、のり付けしちまった様に離れようとはしないから、カメラは首を中心に、同心円を描いて飛び回っている凶器と化していた。
早く止まってくれ。 トロッコ列車は、雲形定規のようなコースを極端に上下しながら、これでもか、と全員の苦しみをよそに、充分満足したことを確かめ、出発時点のプラットホームにゆっくり停車した。