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-CONCEPT-OLD記事

陸獣現る!

 

 

 

 

1978

 

28 x 32 cm

 

カードボード、プラスティック

 

ニューヨークの次郎長

 

第50回  たこ目、失恋す
 

「日本から持って来た、お化け百科、これ全部作って、天井から釣るせばいいのよね、石松さん」


 シーズンオフの浜辺には、釣人が、ちらほら、美しい夕日の中で、シルエットを作ってるだけ。 かもめがやたらと騒ぎ、まつわりついている、そのはずで、砂浜の穴ぼこホテル、大いに飲み食いが始まっているからだ。 


「うふふ、いいわねえ、あいつら、私たちもロマンチックな気分に浸ろうよ、鮫助ちゃん」


 牡丹が鮫助の手を引っ張って、ふらふら立ち上がった。 向うの波打ち際では、大政に首ったけの、たこ目が、小犬の様に、水をひっ掛け合ってはしゃぎ廻っていた。 野宿で日に焼けた顔は、ひげだらけ、皆な山賊のようになってしまった。 石松、鶴吉、梅次、鬼吉、豚熊、それに男・女の苺は、もっぱら食い気一方。 連日酷使された、バーベキューの金網は、油だらけで、ニチョニチョ、網の上には、トウモロコシやなすに混って、エビやカニの足が山盛りだった。 


「大政さーん」


 日本人女性の声が、大通りの方向から、こちらに近づいて来る。 同時に、ものすごく高級な香水がにおって来た。 


「うわあ、こりゃあすげえ」


 豚熊が、すっとんきょうな声を上げた。 


 砂に足を取られ、ハイヒールを両手に現れたその大女は、つばの広い、白い帽子に、しゅすの黒リボンを風になびかせ、とがった両肩をあらわにし、ギリギリまで下げ、胸の開きを大きく取った、赤い、ラメ入りのドレスに、ひょうの毛皮のコートを担ぎ、よく締った長い足に、紫のレースの靴下をはき、夕食中の山賊たちの正面に立ちはだかった。 


「ねえ、次郎長一家の皆さんでしょう」


 ネットをかぶった顔の中で、長い付けまつ毛が、バタバタ上下によく動き、真紅のロから吐く、甘く官能的な息が、香水と混じり合って、プンプンにおい、食物の焼けるにおいを押しのけて、山賊たちの鼻穴をくすぐらせた。 


「すげえ、雌山猫だなあ、こりゃあ」


 牡丹に、首にしがみ付かれながら、鮫助のやに下った目が、眼鏡越しに、吸い付けられている。 エンジンの音が近づき、黒のリムジンが、砂浜ぎりぎりまで寄せて止った。 


「あんた誰よ」


 牡丹灯寵が、挑戦的な目になり、聞いた。 苺は、ただ、ぽかんと、トウモロコシを両手に、口を開けっぱなしにしていた。 


「私、大政の、いいなずけよ! 日本から探しに来たんです、いくらお待ちしても、一向に、帰っていらっしゃらないもんですから、しびれを切らせ、こちらから、お迎えに来たんです、次郎長さんのロフトをお訪ねしたら、ここにいるとおっしゃいました、あれね!」


 と叫ぶと、波打ち際で棒立ちの大政に突進して行った。 帽子は、すっ飛び、砂浜を舞った。 手入れの行き届いた長い黒髪が、潮風に吹き付けられ、真横になびいている。 そのまま、どどっと、大政の首にしがみ付き、顔にキスを始めたからたまらない、呆気にとられているたこ目。 山賊連中は喰うのを中断して、成行きをうかがっている。 リムジンの運転手が、自分の帽子を片手で押えながら、お嬢様の白い帽子と、砂浜で追いかけっこをしている。 夕日は沈みかけ、海をオレンジ色に染め、石松たちの横顔を真赤にした。 波打ち際の三角関係は、雌猫二匹の取っ組み合いに変った。 でくの坊の大政と対照的に、二匹の獣は、激しく動き、争いは影絵となり、まことに美しい光景に映り、鮫も牡丹も苺も、誰も一言も発しなかった。  


 たこ目は、何度も海水を飲まされ、口の中は砂で一杯の有様になっていた。 自分でも何が起こっているのか解らず、無茶苦茶に争っているうち、海にたたき込まれている自分に気が付いたのだ。 勝ち誇った、もう一匹の獣は、大政の手をつかみ、獲物を引きずる凱旋将軍のように、髪は乱れ、引き裂かれ、水びたしの高級服や、すっ飛んでしまったダイヤのイヤリングなど気にもせず、荒い息使いで、目ばかり生き生きさせ、砂浜を、一歩一歩踏みしめ近づいて来た。 

「大政の腰抜け、お前、男じゃあないね、お嬢ちゃん、この男、インポだよ、そのことあんた知ってんの」

牡丹灯籠は、激怒して、二人の前に立ちふさがった。 


「私、この人と東京で結婚するのよ、邪魔しないで」


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