宇宙基地
1978
30 x 60 x 25 cm
カードボード、プラスティック
ニューヨークの次郎長
第51回 たこ目、失恋す
「大政、よくもたこ目の純情を、おもちゃにしやがったな、あたしは、はなから、あんたが、ちゃらんぽらんだってこと知ってたよ、たこ目は真剣なのよ、心底ほれてたんだから、役に立たないくせに、色男振りやがって、ぶっ殺してやる」
と云うや、牡丹は、はまぐりを開ける、先の丸い、小さなナイフを横に振った。 大政の顔が血を吹いた。 押えた手の指を通し、赤い線が流れ始めた。
「お嬢様早く」
リムジンの運転手は、二人を抱え車に向って走る。 牡丹はナイフを離し、砂に真すぐに刺した。
「ふうー」
鮫がため息をついた。 車の発車する音が夕やみに速くなり、辺りは、いつもの波のざぶん、ざぶんの音だけに戻った。 バーベキューの火がパチンと跳ね、よたよたになって近づいて来るたこ目の姿を、気嫌悪く映し出していた。
気まずい沈黙の時が流れ、お化けのようにされたたこ目の髪を、豚熊が、自分の鉢巻をほどいて、それで、ふいてやった。 顔を振って、たこ目は、ぐしょぐしょの顔をあげ、正面を見た。 正視出来ないので、皆、下を向いたり、酒を自分のコップに注いでいた。
バーベキュー火付け用のテレピンの缶をつかんだたこ目は、バシャ、バシャ、自分の常に掛け始めた。 ああ、皆なが驚いているすきに、マッチをすると、自分の髪のあちこちに火を付け出した。 ちり、ちり、いやな音を立て、臭いと共に燃えはじめた頭は、一気に火の塊と化した。 苺は、昔、母が日本画家を目指して描いた不動明王の図を思い出した。 炎をバックに剣を握りしめ歯を食いしばった魔神の姿をした仏様。
このアメリカの海岸、無人のコニーアイランド海水浴場の片隅で、ロマンチックだった暮色を背景に繰り広げられた、恋のさや当てから始まり、あっと云う間に、鮮血を見、焼身自殺にまでたどり着いてしまった、ドラマのクライマックスに全員手足が、金縛りに会っていた。
ど近視の鶴吉が、たこ目を助けた。 側にある、ありとあらゆる水分、日本酒、コーラ、しょう油、お酢、ウイスキー、ジン、それに氷を、燃える頭にぶっ掛け、こすり付けて消火に努めた。 最後に、砂に気付き、引き倒すと、くすぶる頭を砂にこすり、埋めた。 なべで運ばれた海水が一番最後にやって来た。
天ぷらの油を塗られ、布切れを巻きつけられたたこ目は、最後の一夜を、いつも大政と一緒にもぐり込んでいた黒い寝袋に、一人で寝かされた。
「ハイ、コンバンハ、ボタンサン、オゲンキデスカ」
場違いな、陽気な声と共に、金髪のイタ公、例の石松たちの小屋の真向いの、ピンボールゲームセンターの店番、ピーターが、ギリシャ彫刻の様に整った顔を突き出し、緑色の目をくるくるさせ、牡丹ちゃんに手をさしのべた。
「ハイ、ピーター」
チュッとキスすると、牡丹は、
「じゃあ、私、デートの時間だから、バイ」
と、お手手をつないで、暗やみに消えた。
「と、まあこんなとこかな」
石松の言葉に記者の仙さんは、
「はあー、恐しい事件ですねえ、たこ目さん大丈夫ですか」
「皆な忘れたわ」
と、たこ目は、熱かんを、コップで、ぐっとひっかけた。
「石、お前のお化け屋敷、大入りだなあ」
「へえ、親分ありがとうござんす、これも苺のお陰で、彼女と来た日にゃあ、何でもかんでも血だらけにしちまうんだから」
「いやあー、あの化け物小屋、評判いいですよ、何でも、出て来たガキが、真青になって、お袋にしがみ付き、兄弟に、どんなに恐しかったかを、身振り手真似で説明している様、見せたかったょ、石兄いは釣りに夢中だったからなあ、今日は」
「でも、気持悪くて嫌だと云う人もいますよ、テレビの連中も取材してたし、見物人にインタービューしてましたね、全部、首切りや、腹切りばっかりだって答えてます」
「ぜひ、私、明日、写真を撮りに行って来ます、して、中は真っ暗なんでしょう」