ツー・ヘッド
Two Head
2001
40 x 30 x 40 cm
カードボード、プラスティック
ニューヨークの次郎長
第52回 たこ目、失恋す
「それが、真っ昼間みてえに明るいのさ、入ったら鈴ヶ森の処刑場だ、生首が二十個ぐらい棒に乗せてある、その顔のどぎついこと、次が、どてっ腹の妊婦の逆さ釣りが三人、下で鬼ばばあが、でかい包丁を研いでんのさ、壁や天井は、人間の体内、胸や腹の中に入ったみたいな錯覚を起こさせようと、あばら骨で囲まれた洞窟だ、心臓があったり、腸や肝臓のでかいのが転がってる間が通路で、舌や歯の間を通り、腹切りや、十字架上の女を、竹やりで、ぶす、ぶすとか、沼の中で、入れ墨の男女の死闘とか、真赤で、目が痛くなっちまいますよ、終いには」
「血なまぐさいだけだね、ありゃあ」
「まあ、大成功に間違いねえ、これで、このロフトの家賃が、今年一杯、ただになったんだ、出来栄えに、大家の、ジョー・ガリレオも鼻高高だったぜ」
手ぬぐいをかぶった、たこ目は、かいがいしく、皆に酒をついで廻っている。
ベニヤ板の即席テーブルは、喰い散らし、飲み残しで一杯になり、十二人の子分たちは、めいめい勝手な話題で夢中になっていたが、すでに二升は軽く飲み干していた仙右衛門が、突然、テーブルをたたいて立ち上った。
「次郎長親分、実にすばらしい日です、今日は、私の人生で、こんなに色色なことが、一日で一度に起きたことは、生れて始めてです、九州男児と呼ばれ、鹿児島は、桜島のふもとから出て来た私が、今日初めて、人間の本当の生きざまを拝見しました、私は会社を今日限りで辞め、カメラ一本、独立独歩でやります、自分の才能で勝負します、たとえ飢死にしようとも、親分、国際電話を掛けさせてください、向う払いで、デスクに宣言してやります、この増川仙右衛門は、今、男の生きる道を見付けたんだ、金のために写真なんて、もう一枚も撮らねえぞ、取材が何だ、こんなテープレコーダーなんて糞くらえ」
床に投げつけると、仙は自分の黒のバッグから、トラベラーズチェックを引っ張り出し、全部にサインし終ると、一枚一枚、テーブルに、ひら、ひら、と投げた。
天つゆに入ったり、刺身の上に、百ドルや五十ドルのチェックが、桜の花びらの様に舞い落ちた。
「大丈夫かい、こいつ、女房や子供が、日本で待ってるんじゃあねえか」
「女性で一番美しいのは黒人です、よし、今から黒人の女を抱いて来る、行って来まーす」
と云うが早いか、どどっと、ドアーを開け、三階の階段を一気に駈け下り、表に飛び出し、タクシーとわめきながら、グリーンストリートから、ウエストブロードウェイの方向に突っ走って行ってしまった。
鬼吉が後を追って来たが見失い、
「まあいいや、女じゃあねえんだ、どこでくたばろうと、俺の知ったこっちゃあねえ」
鬼吉が、ロフトの入口を閉めようとすると、牡丹灯籠が、駆け込んで来たではないか。
「次郎長親分、聞いて、私、結婚するのよ、すごくハンサムの建築家なの、ペンシルベニヤに家があって、ああ、私、11時のバスでそこに行かなくちゃ、ああ、荷作りするの、鮫助、手伝って」
「どうしたんだ牡丹ちゃん、気でも触れたのか、急に結婚話だなんて、たった今、仙さんが気狂いみたいになって、ハーレムに向って飛び出してったとこだって云うのに、今度は牡丹ちゃんの御入場、忙しいねえ今日は」
「何云ってんだい鮫助、あんたは助平だから嫌いだよ、ピーター・アルべッティーったら、優しいんだから、私を処女だ、処女だと云って聞かないんだもん、百回もデートしてさあ、海岸を、お父さんに、私を紹介するんだって、彼ったら二軒も、すばらしい家を建てたんだって、あんな豚小屋みたいな化け物屋敷じゃあなくてよ、云っとくけど、ああ、初夜にどのズロース、はこうかしら、この赤ね、でも私、あそこ、がばがばになってるかな、牡丹は壁に逆立ちになると、締める体操しなけりゃあ」
両足を開いたり閉じたりしだした。
「ああ、駄目だ、だけど、どうして、こんなに!トラベラーズチェックがテーブルに散らかって、これお金じゃあない」
「牡丹灯籠さん、次郎長の餞別だ、持って行きな」
「まあ、五百ドルあるわ、私もらっていいの」
牡丹は古ぼけたボストン・バックに何か一人言を云いながら、腕時計を気にしつつ、詰め込むのに夢中。
たこ目が、蚕棚のバッグから、百ドル札を取り出し、そのまま牡丹に渡した。
テーブルでは、すでに五本の一升瓶が空になっているのに、まだまだ、酒を、じゃぶ、じゃぶ、注ぐ音のきれ目がない。