グリーン・スパイダーマン
Green Spider-Man
2001
190×90×150cm
カードボード、プラスティック、タイル
ニューヨークの次郎長
第53回 たこ目、失恋す
寺田屋を店仕舞いした花子は、若い者二人に、店の残り物で作った料理の大皿を担がせて、宴会に加わったので、一段と活気に満ち満ちて行った。
花子は、今日の昼、店に来た高下駄の久七親分の言付けを次郎長に伝えた。
「鮫に鬼、二、三人引き連れて、久七親分のところに行って来い、人手が要るらしいんだ」
「これからですか、もう俺たち、いい気持なんですぜ」
「ちょっと、外の空気で冷やして来い、まだ酒はたっぷりあるし、これ全部飲んじまっても、バーは朝の四時まで、俺たちを待ってるぜ」
「それもそうだ、ではちょっくら腹ごなしに出掛けますか、なあ鮫助、それに常滑の敬二と為五郎、お相撲の網ぐらいでいいだろう、来いや」
五人は、ぞろぞろ、グランドストリートと、ソーホー銀座と呼ばれる、ウエストブロードウェイの角にある骨董屋、金閣寺に向った。 どんな用事かな。
あくどい高下駄の久七と、すだれの猿がたくらむことだ。
「やばかったら、途中で、放り出し、逃げ出そうぜ、なあ鬼吉さん」
「もちよ、ところで為五郎、お前の履いてる地下足袋どこで手に入れた」
「へえ、日本で植木屋修業を、中学中退でやってました、私は世界一の植木蔵人になりたくて、ニューヨークまで来たんで」
「あんまり張り切るなってことよ、はばかりながら、この敬二は、日本じゃあ、ちっとは顔の売れてるイラスト屋、デザイン屋さんよ、紙と鉛筆よっか重い物、持ったことねえからな、だが今夜は、何か重い物、運ぶんだって」
「久七の野郎は悪玉だ、何をやって銭稼いでんのやら、どうせ、あこぎなことには変りはねえ、羽振りはやけにいいって評判だが」
頭を、つるつるにそり上げ、すでに一杯きこしめしたのか、真赤な顔、鼻の下にひげを蓄えた、大男の久七は
「やあ、清水一家の、ひと肌脱いで、俺に小一時問も付き合ってくれ、なあに、たいした仕事じゃぁねえ、外のトラックに乗ってくれ、猿、店番たのんだぞ、このソーホー街も、今じゃあ、大変な景気だ、そこを狙って、今ぐれえの時間に、ピストル持って押し入り、売上金を強奪しやがる、俺んちも、日本刀や種子島はいくらでもあるからなあ、構わねえ、ぶっ放してやんな、そうなった時には」
これも肉付きのよい、色っぽい大年増、久七の情婦、すだれの猿は、清水一家の若い者を、じろっと、いやらしい目付きで、値踏みしている。
「あんたかい、大層売り出しているデザイナー、常滑の敬二と云うお人は」
「あっしゃ、ただの観光流行でして、次郎長親分とこに、一寸(ちょっと)わらじを脱いでるだけで、すぐ日本に帰ります」
このすだれの猿、久七に劣らぬ、したたか者で、この春の、次郎長復活祭に、金分入の日本酒を、お祝いにと持参、子分全員に注いで廻ったのはよいが、金粉の外に、強力な覚醒剤、LSDたっぷり仕込まれていたからたまらない。
全員十二時間、地獄のトリップに付き合わされる破目にした張本人、一筋縄では行かぬ、ソーホー切っての、古化け猫、敬二がぶるうのも無理がない。
金閣寺の、広く薄暗い店の中に、所狭しと並んだ商品は、どれも由緒ある、日本骨董の代り、高下駄の久七考案になる、珍品ばかり。
彼は日本のど田舎の農家の、裏庭、蔵の中から、手当り次第に、買いたたく。
評価の低い、持っていても仕方のない、書画、値打ちの無い、たんす、薬箱から、輿入れのお嫁さんを乗せて来た、箱形の、上に差し渡した棒を前後から担いで運ぶ、例のかごまで二束三文で持ち出し、解体し、船で、この金閣寺の地下室に運び込み、ニスやカシューを塗ったくり、アメタカ人の好みに合せて再生し、現代風骨董品に仕立て直すと、全国に、大量に売りまくっている。
彼の目から見れば、庭の片隅に転がる、折れた、くわ、かま、大八車の車輪から、果ては、ちびた高下駄まで、大切な商品。
大量に集めた、古高下駄のすり切れた歯を切り落し、磨き直し、うるしを塗って、まな板として、すしを乗せたり、パンやチーズを切るまな板として、大もうけをした。
高下駄は、その時に付けられた、あだ名らしい。