ピストル・エアメールオートバイ 1
Pistol Airmail Motorcycle
1993
24 ×14 × 10 cm
プラスティック板・カラークレー・FRP
ニューヨークの次郎長
第58回 大前田の栄五郎親分
「私もやるわよ親分、お願い、この苺の実力、聞いてびっくり、見てびっくり、お代は見てのお帰り」
「よし決り、この俺とで、しめて三人展だ、衝立(ついた)で仕切り、入口附近、窓際の部屋が苺、日取りも決めちゃうぜ、一ヶ月後の今月今夜が、オープニングだ、忘れんなよ」
「ひどいことを、してくれたもんだねえ」
すだれの猿は、カンカンに怒っていた。
「久七親分、これを見てやって、なめくじ八五郎が、あんまり可哀相じゃあありませんか、地べたに土下座して、一枚いくらで、習字を、夜遅くまで商売しているのに、あの鬼吉と為五郎たちのやつ、わらじや、地下足袋で、面白半分に踏み散らかしたなんて、このままで済むと思ったら、よし、私が思い知らせてやる」
「いえ、姐さん、悪いのは、この、なめくじ八五郎、生れてこの方、字など書いたことねえのに、読めねえことを幸いに、アメリカ人に、だまして押売りしていた、この腐った根性を、たたき直された気がしました、鬼吉さんに感謝してえ気持で、今、一杯です」
「馬鹿野郎!」
一喝して、なめくじの横顔を張り飛ばした高下駄の久七は、居並ぶ子分を前に、
「おう、仙太、白駒、尻安、都子、前祝いだ、これを飲め、よく開け、次郎長一家は、このニューヨークから、俺様が、たたき出してやる、これ以上のさばらしてたまるけえ、この高下駄の久七様はなあ、今を去る三十年前、横浜港から貨物船の船底に乗せてもらい、えっちらおっちら、五十日もかけ、はるばるアメリカ大陸にやって来たんだ、サンフランシスコに着くや、一息つく暇もなく、ガタガタバスで、大陸横断、三日三晩一睡も出来ずに、やっと到着、やれやれと思ったとたん、所持金、荷物、絵の道具、一切合切(いっさいがっさい)、かっぱらわれて、丸裸、真冬だぜ、こんな、ほかほか、スチームの利いたねぐらなんて夢だったんだ、いちから出直して、ここまでのし上り、今じゃあ子分も大勢、夏、冬、と別荘も使い分け、アメリカ全国に商売の手を拡げる、大実業家だ、紙切れ、二、三枚踏まれて、私の人生変りました、目覚めましたと吐(ぬ)かしたな、なめくじ、よし、お前も地下室で、働きっばなしだったなあ、悪かったぜ、今日は、存分に飲ませてやる」
がなると、久七は、棚から一本つかみ取り、でーん、とテーブルに置いた。 コカコーラ色をした、プエルトリカンラム酒で、何と、アルコール度七十五パーセント。 赤いラベルに、自抜きで、百五十一と大書してあるではないか。 通杯、ファイヤーウォーター、火の酒である。
「ソーダやコークで割って飲んだ方が、いいんじゃないかなあ」
「俺は、そのままで、行かしていただきやす」
なめくじは、勢い良く飲み始めた。 やけ酒である。
アメリカで働く外国人は、ビザがいる。 観光ビザや学生ビザでは駄目、労働許可を含めた、グリーンカード。 永住権ビザが必要だが、これを獲得するため、移民たちが、資格を巡って、どんなに、イミグレーションに、いじめられるか、大変なもの。 法律に正式に該当(がいとう)しなければ、お偉方でも、国外に放り出されてしまう。 第一番に、第三者の保証人が必要で、彼は、アメリカに正式な職業を持ち、毎年、きちっと税金を納めてなくてはいけない。 久七が子分を大勢、この、たこ部屋で酷使出来るのも、この保証人資格を悪用し、永住権獲得は俺に任せろと、アメリカに着いて、右も左も解らない者を、自宅に縛り、パスポートを召し上げ、二、三年間は、ビザ申請中だと偽わり、地下室で酷使し、ごねるやつは、お前の技術じゃあビザは無理と、おっ放り出してしまうあくどさ。
「なあお前たち、来年の春までには、待望のアメリカ、永住権も取れて、一人前の男として、アメリカ中、大手を振って歩けるんだ、日本に何回帰ったって構わねえし、アメリカの国としては、お前らを、技術者として、又文化移民として、正式に、この国にお住みになり、この若い国、未熟な社会に貢献してくださいと、お願いされるんだから、うそだと思ったら、グリーンカードを、ケネディーの税関に見せて見ろ、日本からだったら、ウェルカムホーム、お帰りなさいませ、っ云われるぜ、気分満点よ、世界に二つの祖国を持つ男なんて、めったに居ねえ、こっちで戦争が起こりゃあ、あっち、あっちで地震が起こりゃあ、こっち、こんな便利なお札(ふだ)、二つとあって、たまるけえ」