ポケモン・オートバイ
Pokemon Motorcycle
2000
50 × 40 × 30 cm
カードボード・アクリル・針金
ニューヨークの次郎長
第60回 苺ちゃん、危機一髪
道を歩きながらも、苺の頭の中は、親分の面目を賭け、栄五郎画廊に、立派な作品を出品することで一杯。 そうでなくても、のぼせ性の苺は、目の前に蜃気楼が立ち、渡る信号もちらつき始めていた。 絵具も無い、紙も無い、仕送りは雀の涙じゃあ、手も足も出ない、げんこつで突込めと云われたって、こんな細腕、このニューヨークじゃあ、役に立ちそうもない。 オープニングまで、あと一ヶ月、胸が込み上げ、心臓の鼓動が激しく打ち鳴り、堪えられなくなって、地べたに、へたり込んでしまった。
石松が何か、おっ始めたと聞いて、鶴吉が見に来た。 ロフトビルの一階で働いている、しょぼくれた大工から、ウインドーのある一隅を、一日十ドルで借り、サムライバーバー、一人3ドルと看板を出した石松は、たこ目が寄付した電気バリカンを片手に、豚熊の頭を、モヒカン刈りにしていた。
「石松さん、そんなことしている暇ねえだろう、お作品早く作らなきゃあ」
「三人展の作品なら、もうとっくに全部出来ちまったよ」
「どこに」
「この石松の頭の中にさ、まだ一ヶ月あるんだぜ、三日ありゃあ、大作の五点や十点こしらえるの、訳無いぜ、慌てるなって、鶴兄ぃ、それより、どうだ、俺の床屋の腕前、豚熊は見本、デモンストレーションしてるんだ、見ろ、珍しがって、ちらほら集まって来やがったじゃあねえか、こう見えても、石松様は、遠州森町、唯一の日本衛生学校の優等生だったんだ、その腕を生かしてひと稼ぎ、そこに座って、黙って見てな」
たこ目は中で、梅次の髪を赤毛に変えようと、染料をかけたり、夢中で頑張っているではないか。
「へえ、石松のパンク床屋か、恐れ入ったね」
大見得を切ってしまった鬼吉は、画廊栄五郎の、こけら落しの日に合せ、何か企らんでいるらしく、いそいそ落ち着きがなくなっていた。
秋が色濃く森林を、赤、黄色に染めながら、カナダから、国境、ナイヤガラを越え、ニューヨークに向って南下して来る。 この頃になると、男女マラソン人種が、街に増えているのに気付く、深夜、一杯ひっかけての帰り、ショートパンツ、鉢巻姿のアベックジョガーが、息せき切って駆け抜けて行った。
「一体何だい、あいつら、こんなに遅く」
「10月の最終日曜日の、世界的に有名になった、ニューヨークマラソンが、迫ってるんでねえ、賞金稼ごうと、皆な、一生懸命だ」
その日、約2万人の男女の大群が、正午、自由の女神を左手に眺めながら、スタッテンアイランドを出発、ブルックリン、クィーンズを抜け、クィーンズボローブリッジを渡って、マンハッタン島、イーストサイドを北に、ハーレムリバーを通過、ヤンキースタジアムの手前でUターン、秋深い、セントラルパークに突入、縦断、最終コースは、花のアップタウンは59丁目を横目に、コロンバスサークル附近を右に折れ、パークの西端ゴールヘ。 全長、何と26マイル、42キロを、2時間台で走り抜ければ、大変な事になるはずだ。
1着、賞金25,000ドル、600万円、プラス22,000ドルの高級車、メルセデスベンツだ。 2着、22,000ドル、以下少しずつ下り25着の1000ドルまで。 女性は参加者が男性よりもちょっと少ないので20着まで、同額の賞金。 25歳から勝ちっ放しの6連勝の女性ランナー、グレーテ嬢になると、一生喰いぱっぐれない財産家。 しかも翌日のニューヨークタイムズ紙から、タイム、ニューヨークタイムズ紙と大手マスコミが記事をトップに掲載するはず。
ああ、鬼吉のやつ、そんなに花のデビューがしたかったら、マラソンにでも参加したらいいんだ。
苺は本気になっていた。 毎朝、真赤な顔、目は異常に吊り上り、汗だくで、ワシントン公園を、ぐるぐる廻っている。