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-CONCEPT-OLD記事

ラブスターパーティーとシマ馬

 

1991

213 × 366(122×3) cm

アクリル・キャンバス   


ニューヨークの次郎長

 

第62回  苺ちゃん、危機一髪

 

「あれ持って来い」

 

 猿が戸棚から出して来た、グロテスクな格好をした電気入れ墨器を手に、久七は、どこから始めてやろうかと、体をねめ回した。 

 

「次郎長一家の名前を、青、赤、混じえて、片っ端から彫り付けてやるぜ」

 

 器械を持った手が、ぶるぶる、武者震いしているではないか。

 

「親分、フリーハンドじゃあ、うまく彫れませんよ、気を静め、最初、マジックペンで下書きをしてから、なぞりゃあ、立派な彫物が出来まっせ」

 

「名案だ、そこいらに、やくざの本が、たくさん在ったろう、国定忠治や黒駒、天保水滸伝だの、荒神山の血闘、秋葉神社の血煙、渡世人(とせいにん)の名前を書くんだ、よし、こっちは任しときな」

 

 久七は、胸や背中、猿は、下半身専門に、書きまくって行った。 

 

 大政、鬼吉、石松、豚熊、都鳥吉兵衛、常吉、梅吉、伊賀蔵、勝蔵、吃安、長吉、仁吉、熊五郎。 

 

「私だって娘の頃は、こんな肌、してたんだっけねえ、糞いまいましい、ああ、いいものがあった、東海道の地図も、ついでに彫っちまいなよ、駿河の国は茶の香り、娘やりたきゃお茶摘みに、と清水、三保、久能山、焼津、秋葉三尺坊なんてのもあるよ、天竜川に小松村七五郎、浜松、浜名湖、都鳥、ああ、疲れたよ私しゃ、これだけ彫り付けときゃ、めったなことじゃあ渡世人から足を洗えないね、今に私以上の大姉御(おおあねご)になるよ、この娘は」

 

「そうともよ」

 

 久七はと見ると、どてらのすそを、たくし上げ、赤ら顔を醜くひん曲げて、苺の顔の上を蹴(また)ぐように、のしかかり、胸に、やたらと書きまくっている。 苺の白い体は、今や、落書きだらけの、ニューヨークの地下鉄みたいになってしまった。 

 

「近い将来、立派な女親分になるぜ、よし、背中か二発、でっかく、女次郎長と行って見ようじゃあねえか」

 

 座敷の異常な雰囲気を察し、のぞいた、なめくじ八五郎は、腰を抜かさんばかり。 次郎長一家の可愛娘ちゃんが、下書きとはいえ、入れ墨で、めためたにされているではないか。 しかも、久七は、片手に一升酒の瓶を、にぎり、時時、あおりながら、もう一方では、本番の入れ墨器の電気も入り異様なうなり音を発している、あれで柔肌を、ぶつん、ぶつん刺しまくられたひにゃたまったもんではない。 八五郎は地下に降りると、そっと受話器を外した。 あいにく次郎長宅には、たこ目しか居ない。 さあ一大事だ、どうしよう、飲みに出掛けたら鉄砲玉の連中、いつ帰るか解ったもんではない。 よし。 たこ目は電話番号、911を廻すと、

 

「火事だ、火事だ、大変だ、本物の火事だ、すぐ来てください、子供が大勢、閉じ込められているんです、場所は金閣寺、ウエストブロードウェイの、その……」

 

「解った、それ以上云うな」

 

 本気に取った。 鬼より怖い、ニューヨークファイヤーエンジン。 手近な消防署に出動サインを送り、金閣寺附近一帯は、たちまち集まって来た消防車のサイレンと、ぐるぐる廻る、時ならぬ、大騒ぎになり、火事はどこだ、と窓は鈴なり、まだ新郎とあって、ライトの明りで、時ならぬ、大騒ぎになり、家事はどこだ、と窓は鈴なり、未だ宵の口とあって、野次馬たちも加わって、ソーホー銀座、ウエストブロードウェイとグランドストリートの四つ角一帯は、、暴動でも起こったかと見まごうばかりの派手な光景一変していた。 

 

 ナタや槍を持った大男たちが、火の元の軒軒などお構いなしに、金閣寺の格子戸や窓ガラスを、一撃のもとに、たたき割り、ホースを抱えた、五、六人の、完全武装の消防夫が水煙をあげ、奥の間に向って突撃して行った。 太いホースは、大蛇の様に、くねり廻り、暴れ、倒し、床にたたき付け、ばらばらになった品物が水しぶきと一緒に、飛び散り、その上を、大きな長靴が、容赦なく、ばりばり踏み砕いて行った。 裸同様で地下室から逃げて来る者たちは、大男たちの手で、毛布にくるまれ、外に担ぎ出されてしまったが、肝心の久七と猿は、倒れた家具の下敷きになり、おびただしい水に飲まれ、溺死寸前の有様、毛布で、簀巻き(すまき)にされた苺は推一の犠牲者として、救急車で、魚河岸近くの、ビークマン・エマージェンシー病院に運ばれ、ベッドに寝かされても、まだ薬が効いていて、高いびきであった。 

 


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