モンスター
Monster
1980
20 x 30 x 15 cm
カードボード・プラスチック
ニューヨークの次郎長
第67回 大迫カの三人展
絵を見ていた子供の一人が、忍者がいる、と指差した。 なる程、黒装束の一団が、星条旗と椰子(やし)に囲まれたシテーホールビルに、なだれ込んでいる。 そうか、これは単純な戦争画ではない。 広広したパイナップル畠に落下した爆弾は、まるで花火の様に、何百個も金色のパイナップルを空高く吹き飛ばし、こちらには、犬を連れた、西郷隆盛の銅像が笑い、にょきにょき生えた桜の大木の下は、お花見客の酒宴。 海では、燃え盛る軍艦に混り、ウインドサーフィンや白い釣舟。 水着のローラースケーターやジョガーの乗り回るカラフルな海岸。 例の忍者たちは、マストによじ登り手榴弾を投げ、女を担いで逃げている。
これじゃあ敵も味方も無い。 星条旗、日章旗まで逆に付けてある。 一体作者の真の意図はどの辺に隠されているのだろう。 単なる漫画風ポップアートでは無論ない。 それにしても、生生しい絵だ。 この迫力に満ちた、リアリティーはどうだろう。 すばらしい次郎長の写突描写カではないか。
「汚ねえバーですが、くつろいでくだせえ」
無事終ったこけら落しパーティーの後、栄五郎を案内した、次郎長一家行き付けのバーは、ソーホー銀座のど真中、ブルーム通りにあった。 抜かんばかりの勢いで、流行の粋を集めて、店の前後左右は、それこそ、今や生き馬の目を引っこ抜かんばかりの勢いで、流行の粋を集めて、ミリ尾根やー競争にしのぎを削る、超高級店が、軒並みぎっしり。 拳銃をぶら下げた制服のガードマンを入口にはべらし、値段など問えば、マジソン街底抜けのべらぼうさ、よくまあこんなものを買うやつらが、世の中には、ごまんと居るもんだ。
しかし、我がブルーム通りバーの人気も、ここ数年、とみに上昇中。 なぜって、ずうっと昔、殺しでごたつき、閉めていたこの店を、安く買い取ったママは、以来、窓枠が外れようが、看板が傾こうが、ペンキひとつ塗ったことがない。 窓際に並ぶ、半分枯れ腐った植木など、保健所の槍玉必死。
メニューは、真黒な壁に、白墨でなぐり書き、ついでに下手糞な絵まで添えてある。 従業員はセーターにジーパンがやっとのアーティスト志願者。 そいつらが出来るのは、野菜を千切り、特大のハンバーグをピタパンに突込み、豆を煮たチリスープぐらいで、量だけが由慢の田舎スタイルが売物。 日増しの金持ムードに行き場の無い地元組、面白半分にのぞく観光客などで、昼鋲時から超満員の盛況であった。
「植木屋の、あの金出せ」
次郎長は、為五郎に命令した。
「ああ、あれは私の最後の金でして、日本を立つ時、お袋が、これだけは最後の最後まで手をつけるなと」
「何だと、今日がどんな日かお前解ってんのか馬鹿野郎、こんなに、お集まりの皆さん、乗りまくっていなさる時に、出し惜しむ気か」
「へへ、申し訳ございませんでした」
為は、慌てて、地下足袋のこはぜを外すのももどかしく、汗臭い靴下の中から、しわくちゃになった百ドル紙幣を引っぱり出した。
シングルと注文しても、次郎長一家なら、コップに波波、最上級のバー本ウイスキーを注ぐ癖のついた新米バーテンのペンは、大の忍者ファンで、今でも日本に行けば本物の忍者に会えると信じ、忍者がもっと暴れていれば大戦は日本の勝ちだったが口癖。 ママが居ない時は、このおごりが一段と派手になる。
タイツ姿の可愛娘ちゃんが、グラスを、お盆一杯抱えてやって来た。
「お目出度う、次郎長さん、最初のラウンドは店のお祝いです」
「こりゃすげえ、頂きまーす」
一滴でもこぼすまいと、石松たちは、とがらしたロを近づけ、ズーズーと吸っている。
「効く! 今日は空きっ腹だっけ」
「これが見収め、飲み収めかもよ、皆な」
一体何のことです、と不思議がる栄五郎に鶴吉は、先日、ビザ切れでイミグレに踏み込まれたいきさつを話した。
「ほとんど全員ですなあ、石、鬼、鮫、豚、梅」
「お前ら、世界のどこに落ち延びようと、決して男を忘れるんじゃあねえぞ。 この次郎長みてえに、真実一路の道を見付けて走り抜くんだ」
「そうは云っても親分、ジャングルにでも迷い込んだ日にゃあ、猛獣毒蛇に喰い殺されっちまうのが落ちよ」
「わっはっはっ、住めば都、どこだっていいじゃあねえか、なあ鮫」