ランド・スケープ
Landscape
1976
10 x 20 x 7 cm
カードボード・プラスチック
ニューヨークの次郎長
第69回 大迫カの三人展
相変わらず、モップを抱えたアル中老人が、床をこすり、天井から吊した白黒テレビを、カウンターの連中は、生あくびをかみ殺しながら眺めている風景は、毎晩同じだが、今日はちょっと雰囲気が違うぞ。
テレビ映画が、やけに激しく撃ち合っている。
「わっはっはっ、これは偶然、トラ・トラ・トラですなあ、次郎長さんの真珠湾攻撃画が、今日、私の画廊で発表になったと云うのに、監督は黒沢明、三船敏郎主演でしたっけなあ確かヤッホー、とカウンターの金髪が、グラスを掲げて喜んだのは、我が日本海軍零戦が、火達磨になって海に突込んだからだ。くそっと石松たちが目をむいた時、爆弾が敵艦に命中。海兵隊が数人吹っ飛んだ。わっと喚声が、今度は次郎長たちの席から上った。酒はコニャック、テレビは日米大海戦、明日はいずこの我身かな、も手伝って、皆興奮し、映画に釘付けだ。ジープが被弾し横転、主役の一人が血だらけで芝生に横たわった。馬鹿でかい梅次の狂声に頭に来た金髪が、ふらふらと近づくと、
「やい、ジャパニーズギャング共、黙って見ろ、騒ぐと皆殺しだぞ」
とすごんで、引き返して行ったが、止り木に着かないうちに、今度は旗艦アリゾナ号に魚雷や爆弾がやたらに命中、傾斜し、ぶくぶく沈んで行くではないか。どっと上がる大喚声。
「この馬鹿野郎のジャップ共め」
金髪は赤格子のシャツを翻し、一番端の次郎長の肩をわしつかみにした。しかし、ちょんまげ、着物姿に、ぽかんとロを開け、すでに酔限もうろう。次郎長は、そやつのベルトをつかむと、ぐいぐい押し、例のたまらなく臭い便所に押し込めてしまった。カウンターの他の連中は、どたばたなど、どこ吹く風と、零戦がやられる度に乾杯し、正にフットボール試合のような喧騒。滑走路で、飛び立とうと焦る迎撃機(げいげきき)が、誤って味方の列に突っ込み、その上から零戦の機銃掃射で地上の二、三十機が、一遍に破壊されると、もう完全に日本側ペース。
便所から踊り出た長身は、カウンターの裏側に手を入れ、何かをつかみ出そうとしたのを、トムの入墨のある丸太のような腕が押えた。包丁を握ったのだ。ふん、だがトムの一にらみで、すごすご引き返ってしまった。
日米開戦記念日近くになると深夜テレビは太平洋戦争物を、ぞくぞく流す、アナウンサーが、さて明晩は、いよいよミッドウェー大海戦だと云うのを聞いた金髪は、大声を上げて立ち上り、
「よう、ジャパニーズ、明日もう一度飲みに来い、俺様がおごってやる、明日は、我がミニッツ提督が、ジェネラル山本五十六の艦隊を、メッタメタにやっつけるぞ、忘れんなよ」
真冬の凪が奴上のチャイナタウンから吹き下し、深夜の大通りは寒寒しい。ぞろぞろ一行が席を立ったと見るや、例の掃除の老人が素早くテーブルに近づき、ナポレオンの空瓶を口にくわえ、最後の一滴にあずかろうとラッパ飲みにしているのが、ちらっと目に入った。プロ-ドウェイの角まで来ると、右に、エンパイアビル、左はトレード・センタービルが、それぞれ明るい冬の夜空にくっきり浮び、二つを結んで、黒黒と続くダウンタウンビル街が、猛獣竜蛇のうごめくブラジルの密林であるかの様だ。
そう云えば、アマゾンに行った小政はどうしたろう。
「あばよ、ニューヨーク」
石松は、いきなりチョコフルナッツコーヒーショップの大ウインドーをけ飛ばし、バーン、メリメリと大穴を明けてしまった。
縦にひびが入った地上五米の大ガラスがずれ、今にも全部が、一斉に雪崩を打って崩れ落ちそうになった。
「わあ雪か、今年は冷えるなあ花子、正月だって云うのに、グリーンストリートから、ここんところ、何の音さたも無えなあ、あそこは、暖房なし、金なし、心配だ、ちェっくら見て来るぜ」
ワシントン公園を横切りながら、鶴吉の頭に、クリスマスにニューヨークを出発した連中が浮んだ。下手して北に向やあカナダ、凍死間違いなしだ。
「ぎゃっはっはっは、ああ気持がええ、どんどん気温が上昇して来るじゃあねえか、もう、ズボンも脱いじゃえ、飲めよ!天国は近くだぜ、この分だと、うひひひひ」
久七のステーションワゴンを餞別代りに、かっばらって来た、なめくじ八五郎を運転席に、石松、鬼吉、鮫助、梅次、豚綿の六人は、国道九十五号線を、一路、南に向って、まっしぐらに下っていた。
「親分たちは、この真冬に、ストーブもない、あんなでっかいロフトで、凍死しちまうんじゃねえかなあ、心配だなあ」