イエロー・サングラス
Yellow sunglass
1976
78 x 74 x 38 cm
カードボード・プラスチック・着色
ニューヨークの次郎長
第70回 大迫カの三人展
ほこりっぽく、貧乏臭い、ジョージア州の棉畠を、何時間も走り、やっと通過した頃、正面に濃い緑の大公園が現れた。大きなアーチに、ウェルカム・フロリダ州と書いてあった。
「うわー、とうとう南国やで、オレンジ花咲く頃だい、小休止、小休止」
手入れのゆきとどいた芝生に、六人が身を投げ出した。すずなりのオレソジの森が右手に無限に続く。仰ぐと、紺碧の空に、高い椰子の木が、馬鹿でかい葉を八方に広げ、伸びるだけ伸び切っている。
「ああ、すげえ、いい気持だぜ」
「鮫さん、この先、俺たち、どこに行き着き、どうなるんです」
「心配するなって事よ、正月一日までに国外に出れば、文句なしよ、このまま、真すぐ日本に帰ったら、皆さんに、どの顔下げて、あいさつするんだ」
「全くだ、鮫、俺なんざあ、あちこち駈け廻って、無いやつからも、無理矢理、餞別ふんだくって来たばかりなんだぜ、半年足らずで、ただいまはねえだろう」
「アメリカの最南端に、キー・ウエストって島がある」
「ああ知ってる、老人と鮫とか云う」
「老人と海だろ、それは」
「何だい、老いぼればかりの島に行くのか」
「学がねえなあ、石、ヘミングウェーと云う有名な、ノーベル賞作家の小説の舞台が、キー・ウエストの海岸で、そこに住む老漁夫のお話よ、それよか、この車、売りとばして、舟で、バーミューダー群島の、どこか、女護島でも探そうぜ、マイアミの英国領事館で、ハンコもらえば、その辺の島は、皆、イギリス領だ、ビザなんて面倒臭せえもの必要なしよ」
「へえー、南海の、どばっと、血潮かな、なんて気分になって来やがった」
「それに、ニューイヤーズイブ、三十一日、大みそか、夕方から、マイアミビーチの海岸通りで、恒例の、全国ハイスクール、大パレードが、すげえんだ、むれむれの可愛いギャルが千人近く、水着で、太鼓や笛を吹きながら、白鳥に乗ったりして、大通りをねり歩くんだ、これを見物しなけりゃあ、人生、何のために生れて来たか、ってなしろものだぜ!」
雪で埋まったドアーを押し開くと、三階の踊場から、巨大なねずみがじっと見下している。
「け、新年早早縁起でもねえ」
ぶっ飛ばしてやろうと、手頃な棒切れを拾ったところで、ラットは、パッと姿をくらましていた。
「くそったれめが、小ねずみを食いに来てやがったんだな、親分、鶴吉でさあ、おめでとうございます、勝手に入りますよ、おやおや、皆様お揃いでまだお休みでしたか」
「目はとっくに覚めてるよ、寒くて出られねえんだ」
何かの役に立てばと、都鳥の常吉が置いて行った大量の失敗作のキャンバス絵を布団代りに床に敷き積み、その間に四人が潜り込んで寝ているのだが、食物の無いこの部屋にも、ねずみは増えまくり、走りまくっている。
「正月早早、ぱっとめの覚めるような、いい話はありませんかねえ親分」
鶴吉は枕元忙しゃがみ込み、ぶつぶつ。
「一つある」
「一体何です、それは」
「苺、構わねえ話してやんな」.
苺は次郎長の横から顔を出すと、一息入れ、
「親分と祝言(しゅうげん)上げて、盛大な披露宴を開き、御祝儀を集めようってわけよ、鶴さん、ふっふっふっ」
「え! こんな入墨だらけのずべた娘と親分が所帯持つだって、御冗談でしェう」
「苺は一人前の女流画家だ、もう決めたんだ」
「そうよ、私も猿も大賛成なんだから」
とたこ目、忽(たちま)ち顔がばっと火照った鶴吉は、眼鏡を外し、ゆっくりふきながら心を静めようと焦ったが、突然のことに気が動転してしまった。その時、がやがや日本語を喋りながら数人が階段を上って来た。
「おう、小政兄いじゃあねえか」
真具に日焼けした小政が、見知らぬ三ぴんを二人連れ、次郎長の前に両手をついた。