モーターサイクル レトロ
MOTORCYCLE RETRO
1988
142 X 242 X 68 cm
カードボード・プラスチック・着色
ニューヨークの次郎長
最終回 大迫カの三人展
たこ目が祝電に湿っていた一通の絵葉書を親分に漬した。ありふれた南海の風景だが、裏に、
“ニューヨークの、一杯が、懐かしい、椰子の酒”
鮫
栄五郎が横から取って、しばらく眺めていたが、
「この葉書のスタンプだと、マイアミの南、キューバ島の東に散らばった、バハマ諸島の中の一つですねえ、聞いたことのねえ名前だなあ、グレイトエクズマなんて」
「その島に連中が居るって言うんですかい」
「清水の、あんたこれ終ったら姐御と一緒に云って確かめて来なせよ」
マイアミから乗り継いだ、週に二本しか出ないプロペラ機は、タクシードライバーの様な黒人が操縦、ショートパンツに帽子だけはキャプテンらしくかぶっているが、お客は二十人ぐらい、全部黒人で、出稼ぎの帰りらしく、安物のお土産を抱えて乗っていた。海上すれすれの低空飛行に冷や冷やしながらも、眼下の乳白色のさんご礁の海の芙しさには日を奪われる。浅い海、鮫らしい魚影まで、海草の間にちらほら、ここは常夏の国だった。土と草だらけの広場に着陸、出稼ぎはいつの問にか姿を消し、気が付くと、次郎長と苺しか居ない。
「おーい、だんな、こっちだぜ」
呼んでるのは島でただ一台しかないタクシーの運ちゃんだった。しげしげと二人の変った格好を眺め廻し、白い歯をむき出し、にやっと笑うと、ホテルに行くんだろう、と聞いた。
「一番奇麗なホテルだ」
「あっはっは、ホテルは一つ、町も一つしかねえよ、この島には」
椰子やバナナの木の間から、南海がキラキラのぞき、花を付けた草むらがあちこちに美しい。野生の山羊が数匹、タクシーの前をしばらく一緒に走っていたが、パナナの実まで親指ぐらいしかない。無論、働いている人や町工場、モーターのうなり声などおとといおいで。無人島に来てしまったかと錯覚する。
やっと椰子の葉ぶきの数件が現れはじめ、とうとうピンク色のペンキのはげかかった石造の家に着いた。ピースアンドプレンティー、平和と豊饒(ほうじょう)これがホテルの名前だ。
無人の食堂で、パパイヤとコーヒーで昼飯をすませ、次郎長は、太い葉巻に火を付けながら、玄関に立ち外を眺めた。大木の緑陰に、三人の太った黒人女性がどっかと座り、椰子の葉でガサガサ音を立てながら帽子を編んでいる。明るく、植物ばかりで、静寂が支配しているこんな島にまさかあんな狂人連中が腰を落着けるなんて。右手の赤土の丘の道を、金髪やちぢれ毛の島の子供が四、五人、はだしでわめきながら駆け降りて来た。
「なに、この頭!」
苺が、素っ頓狂にわめいた。次郎長も我が目を疑った。子供は全員、ちょんまげ頭にされているではないか。
「げえ!」
「やはりそうか、絵葉書送ったのもこの島からだな、島のどこかに隠れていやがるに違いねえ」
にやっと嬉しそうに笑うと、清水の次郎長は、
「よし、野郎共、まとめて、ふん捕まえてやる」
(初出/「小説現代」昭和六〇年五月、七月号)