Fujio Profile
Name:藤尾 諭秀 FUJIO YASUHIDE
ニューヨーク在住
1947年 神戸に生まれる。
1969年 関西大学法学部中退。渡米。
コーディネータ・通訳として
1987年 TV、新聞、雑誌にフリーランスで活躍。
例)
1992年 NHKスペシャル“国連PKOの現状”
TBS イキイキ 地球家族
“Seeing Lye(シーイングアイ)”と“Hale House(ヘール ハウス)”
TBS 大好き!パパ
“Manatees(マナティ)”と“We can(ウイ キャン)”
1991年 TBSスペシャル“省エネ最前線”―限りある資源を子供たちに
1990年 TBSスペシャル“発見!ロックフェラー浮世絵コレクション”
1989年 朝日新聞特集記事 “ニューヨークよ”
1987年 TBS(東京放送)“ザ チャレンジャー”“マウンテンバイク”(アパッチケン)
1986年 TBS(東京放送)“ザ チャレンジャー”“ニューヨーク騎馬警官隊”(マッハ文朱)
1985年 TBS(東京放送)“ザ チャレンジャー”“プロレスリングテスト”(中野好治)
1984年 TBS(東京放送)“ザ チャレンジャー”“ニューヨーク消防隊”
掲載された記事とインタヴュー
-掲載記事-
1994年-1997年 “ニューヨーク芸術最新情報” 月刊誌「アトリエ インターナショナル」
1996年 “日本国憲法の父・ケーティス元大佐 死す” 「月刊宝石」9月号
1995年 “最後の証言 「憲法第九条」が生まれた六日間”「月刊宝石」新年号
1995年 “エドワード ホッバ/ホイットニー美術館”
月刊誌「アトリエ インターナショナル」10月号
“杉本博司展/メトロポリタン美術館”
月刊誌「アトリエ インターナショナル」11月号
1994年 “ロレーナはなぜ「無罪」になったが 「月刊宝石」6月号
1990年 “憲法第九条が生まれた舞台裏”「週間宝石」新年合併号(1月3日、1月10日号)、1月17日号、1月24日号
1988年-1989年 “88年 米国大統領選”「週間宝石」6月17日号、9月23日号、新年合併号(12月23日、1月1日号)、4月6日号
1988年 “地上最後の楽園 カリブ諸島”「週間宝石」7月6日号
1985年-1986年 連載“New York Report" 月刊誌「絵」(自動画廊出版)
1987年-1984年 ニューヨークの主にモダンダンス事情リポート「ダンスワーク」(ダンスワーク舎)
-インタビュー-
1997年 京子 アルトマン ”アクセス トーク”「月刊宝石」7月号
以下すべて月刊誌「アトリエ インターナショナル」
1996年 リチャード アームストロング(カーネギー美術館館長)3月号
1995年 アレクサンドラ モンロー(ジャパンソサエティ ギャラリー館長)3月号
1993年 デヴィド・ロス(サンフランシスコ美術館ディレクター)3月号
ジュームス ローゼンクイスト(画家、ポップアーティスト)9月号
1991年 レオ キャステリ(キャステリ画廊 画廊主)1月号
モリサ フェンリー(コリオグランファー、ダンサー)6月号
リヴァ キャスルマン(ニューヨーク近代美術館、キューレター)9月号、12月号
その他活動
1994年 単行本”実録ロレーナ事件”ごま書房(8月発刊)
1990年-1997年 月刊誌「アトリエ インターナショナル」誌のニューヨーク編集部長
画家として
1970年 ブルツクリン美術館アートスクールに入学
1972年 プラツトグラフィツクセンターで版画を学ぶ
個展
1998年 ギャルリーヴィヴァン(東京)
1991年 ギャルリーヴィヴァン (東京)
コラボレーシヨン(イワサキ ケイタと合作展)
1986年 ギャルリーヴィヴァン (東京)
1984年 アジアソサエテイ (ニューヨーク)
1975年 アズマギャラリー (ニューヨーク)
展覧会・グループ展(抜粋)
1979年 ニューヨーク世界貿易センター“現代日本美術”
1983年 バーゲン美術館(ニュージャージー州)“日本の文化と伝統と現代”展
1986年 ナツソー・コミュニテイカレツジ(ロングアイランド、ニューヨーク)
“現代日本の抽象”展