竹とメリケン粉の大アクション彫刻
六月二日、快晴。 さあ搬入だ。 銀座・村松画廊C室で待望の篠原有司男個展が明日開幕する。
朝日をあびて濃い影をつくりだしている、野外アトリエに完成した彫刻は、たった一点、さびしく運ばれるのを待っている。
金がなくて他に作品をつくることができないのだ。 そのとき、頭に包帯をした長身の美女O子が、カンバスをトラックに積んでやって来た。
「どうしたんだ? その頭。」
先日、幼な友だちのドラマ-、アグリー・T・鵜沢の川崎のスタジオに、ぼくの制作を手伝って一泊したのが母親の怒りを買い、ブンチンでなぐられたのだという。
立木に釘づけにしたO子提供の十数枚のカンバスが、たちまちマチウばりに塗りたくられた。
しかしまだ迫力ある会場をつくるには十分ではない。
「O子ちゃん、百円貸してくれ。」
近所の籠屋からわけてもらう、たきつけ用の割竹は、三十円で持ちきれないぐらいある。 それに一袋六十円の石膏、赤いオーナメントカラー
(泥絵具の一種)。 酒屋からつけで買ったメリケン粉五袋に古新聞紙。
これだけの材料でぼくは彫刻を四点、さらに五メートルの画廊の壁を飾るための作品を一点完成した。
部分的につけた石膏に、たたきつけられた赤い泥絵具が効果的だ。
それにしても、ぼくの大アクション彫刻をブロンズでとれと、でかいことを言って帰ったミシェル・タピエという美術評論家がしゃくでならない。
この年、昭和三十三年四月三日付け読売新開夕刊にタピエの顔が笑っている。 「世界の中の日本の若い芸術家」
というタイトルで第十回読売アンデパンダン展について書いた彼は、文字どおりアンパン生え抜きのまったくの新人群を誕生させ、中でもぼくと芸大同期の工藤哲巳に対して、これまで前衛と名がつけば、技術の未熟さと旧画壇に対するアンチテーゼとしか評さなかった日本のジャーナリストとは逆に、
「質がすぐれている。 画面の構造も色調も高い成熟度を示している」
といい、やはり工藤のある作品にふれて、この展覧会のもっとも重要な収穫であろうと最大級の讃辞を送ったのである。
同時に取り上げられた作家は、花厳淳、志賀健蔵、梶山俊夫、困藤寿、村山陽一、千田高詩、柿内朗子、三木富雄、清川泰次、岡崎和郎、それにオブジェの山口勝弘とぼくであった。
そして、
「日本の美術愛好家、批評家たちも、この日本の若い人の芸術に全幅の信頼をもってしかるべきではないだろうか」
と結んだ。 全幅の信頼を受けるべき作品を、ぼくは百円以内であげようというのだ。不安だ。
個展会場はまるで原色のゴミため
六月三日、快晴。 朝六時、運送屋よりも早く、のり巻きをたくさん持ってやって来たO子にたたき起されたぼくは、今日が個展の初日であることを思い出した。
昨日はとうとう運送屋のつごうでオブジェが運べず、カンバスだけを壁に並べたので、村松画廊の矢崎さんは、ウイスキーを二本出してきてごきげんだったが、今日、ゴミとガラスびんの破片がぶら下がった大オブジェを持って行ったらどんな顔をするだろう。
ゆううつだ。
「せっかく作ったんだ。運びましょうよ。」
運ちゃんに元気づけられ、いっぱいになるまで積んだが、まだ残っている。 出発だ。
原色のゴミを積んだトラックが初夏の風を切って、銀座へ向かって突走って行く。
「こんなものを画廊に入れられるか!」
ばりばり音をたてながら竹をねじまげ、怪力の運ちゃんとせまい階段を押し込みながら運んでいるのをみて、画廊の矢崎さんは、ほうきを片手に怒りでぶるぶるふるえている。
だが、やはりすばらしい。 持って来てよかった。
原色のゴミためと化した村松画廊C室、野外アトリエの再現だ。近くの床屋でつるつるにそりあげたモヒカン刈りの頭、絵具のとび散ったシャツ。
アクション・ペインティング実演のため真白のカンバスが墨汁といっしょに部屋の中央に置いてある。 よし、万事OKだ。
最初に入って来たのは学生だ。 ちらっとぼくの顔を見たが、そのままオブジェの方を向いたきりで考え込んでいる。
「どうです、いいでしょう。」
「これが新しい芸術なんです。」
テーブルに山と積まれたぼくについての写真記事が出ている週刊サンケイを一冊、サインして渡す。 おみやげだ。
O子と昼飯のおにぎりを
ぱくついているとき、ひと目で画家とわかる、ドンゴロスの上着を着たうすぎたない小男がばかに感激して話しかけて来た。 村上肥出夫という。 五年後、 ″橋の下からパリ留学″ と騒がれた彼のまだ ″橋の下″ の時代である。 画用紙に赤土をこすりつけ、それを安全カミソリできずをつけて描く絵がよく売れるという。 銀座すずらん通り辺りの道路でしゃがんでそれを描いているとたちまち人だかりがして、毎日二、三点は買うやつがあるらしい。 後日、そこを通りがかった彫刻家の本郷新がその才能に注目し、兜屋画廊のあと押しでパリに学び、帰国してから銀座・松坂屋で大個展を開くようになるのだから、人間の運命はわからないものだ。
画廊の事務員森本嬢が駈け込んで来た。 ラジオ東京から電話だ。 それ来た! 人気番組 「ラジオスケッチ」 の千回記念に、古典落語の大御所柳屋小さんとぼくをかみ合わせようという企画らしい。 即座にOKだ。